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クオリア

情報の授業でプレゼンテーションをするわけなんですが、
そのテーマ決め→どこでもドアに決定!
なんだけどさ。
途中ですごく興味深いものを発見した。

クオリア

言葉自体の意味は、『主観的経験を伴う質感』
なんだか難しそうですが、実はいたってシンプル。
簡単に言えば『感じ』
五感で感じる感じ。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚で感じる感じ。

最も代表的な、分かりやすいのは色。

この色が赤だ!というその感じ。

さて、言いたいのはそんなことじゃない!

このクオリア、哲学的にちょっと面白い問題があるんです。

この色は何色ですか?
じゃあこの色は?
ではでは、この色は何ですか?

はい、迷うはずもありません。
青、黄、緑です。
では、もう一つ質問をしてみましょう。

青は何故この色なのでしょうか。
黄は何故この色なのでしょうか。
緑は何故この色なのでしょうか。

・・・、何故って言われても困りますよね。
青だから青、黄だから黄、緑だから緑。そうしか言えないですものね。

そもそも色というのは、光の周波数の違いを目が識別しているのだとか。
、とすると、とっても分かりやすい例を挙げてみるとするなら、

周波数1が赤。2が青。3が黄。4が緑だとしてみましょう。

このとき、周波数1を赤であると定義しているのだから、
周波数1の色が赤であることに違いは無いのでしょう。
しかし、この色が赤である必要はありませんよね?
別に、この色が赤でも、この色が赤でも、何も不思議ではないでしょう?

うん、お前は何が言いたいんだ、って顔だねジョニー。

じゃあこのお話の本質へ。

あなたの主観で見た赤色が、
他の人の主観で見た赤色であることを証明できますか?

ということ。

つまり、あなたはこの色を見て赤だと判断しているのですが、
他の人もこの色を見て赤だと判断しているということを証明できるか、っていう話。

そんなわけわかんねぇっていうような顔しないでくれよ、ジョニー。

つまり。

他の人の主観、目、脳で周波数1の赤という色を見たとき。
その色はこの色である可能性もある、ということなのです。

そんなわけねぇだろって思うかもしれません。
が、それを証明することは出来ないんです。

なぜなら、相手がその色をどのように感じているか、
相手の主観から、相手と意識を共有して周波数1の赤という色を見ることは出来ないし、
私はこの色が赤だと思う、私はこの色が赤だと思う、といって色を並べたところで、
周波数1の赤という点が共通であることが証明されても、
その周波数1の赤という色を全く同じ色として認識しているかは別問題なわけで。

夕日は赤いよね。と確認してみたところで、
Aさんにとっての夕日はこの色で、Bさんにとっての夕日はこの色
そうである可能性が消えるはずもなく・・・。

これがクオリアの問題。
これは色だけのことではなく、クオリア全体にいえることです。

たとえば、あなたが『不快』であると認識しているその
色、音、匂い、味、感触・・・。
その感じを他の人は『快感』であると認識しているかもしれない。
無論、快感、不快という定義そのものは共通であって、
だからこそ言葉、会話の中で矛盾が生じることは無いのである。

んー、なんだかちょっと分かりづらいかもしれないんだけど、
じっくり考えてみるとだんだんと不思議な気持ちになってくる。

・・・、だからこそ哲学は面白い。と語る理系な俺であった。
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初めましていずみって言います☆1年半以上恋してません…(/∇≦\)元彼と付き合ってた時にあんまり会えなくて恋愛してた感じがなかった(; ̄  ̄)それから臆病になってたけど長いこと彼がいないからそろそろホンキで恋したいなーなんて思ってますo(^-^o)けっこう天然入ってるから大人で引っ張ってくれる人で年上の人と仲良くしたいです☆気になった人はメールしてね fly.me.so.high-@docomo.ne.jp
  • 2010⁄02⁄20(土)
  • 03:32
  • [edit]

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